日本周辺の国々から聞こえてくる雑音、はたまた日本国内から聞こえてくる異音、そんなものについてです。
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侵略という言葉の国際上の意味
またまた備忘録代りに抜粋しておきます。

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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 
   平成20年(2008年)11月13日(木曜日)弐
         通巻第2384号  
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(読者の声1)貴誌382号(読者の声5)MARU氏の帝国主義の提言から「もし日本が侵略なら米ソ英国支那みな侵略国家です。日本の戦争は自衛戦争でした。「侵略」は左翼の反日宣伝用語に過ぎません。]と書かれました。

戦時国際法の権威、佐藤和男・青山学院大学名誉教授の講演会できき、またご著書でも読ませていただきましたが、侵略という言葉の国際上の意味は以下のとおりです。
1.国際法の用語に侵略という言葉はない。
2.侵略に対応する英語の用語はない。
3.日本語の侵略と意味の近い国際法の用語には、以下の2つがあるが、全く同じ意味ではないので、紛らわしい。
(1)浸出(英語では、invasion): 境界を越えて進入すること。武力行使のあるなしにはかかわらない。
(2)侵攻(英語ではaggression):相手側からの挑発行為なしに、武力行使をともない境界を越えて進入すること。
4.中国語の「略」には、略奪という意味がある。したがって、中国人が侵略と聞くと、侵入しかつ略奪したという意味にとる。

------------------------------抜粋ここまで

なるほどねぇ。勉強になりました。
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南京大虐殺の偽証言
南京事件の記事を書いたので、続けて・・・

中共や反日サヨク曰く
『日本軍は中国でこんな残虐なことをした証拠』として、旧日本軍人による証言を出してきます。当時軍人だった言わば生き証人が言うことですから、当然真実を語っているのだろうと普通の人間なら思います。

ところが、中には妙な人がいるものでして、ありもしなかったことをわざわざ作って「ウソの証言」をするんですよ。

以下、いろんなところに貼られております偽証言者のテンプレ。

東史郎…一番有名な捏造者。原本が存在しない創作をバラまいた。中国じゃ未だに真実扱い
中山重夫…段列兵の立場で虐殺目撃談を語ったがそもそも現場に居合わせるのは不可能だったことが判明。
富永博道…当時は学生だったのに自分は南京戦に参加し虐殺したと証言。経歴照会であっさり嘘判明
舟橋照吉…東の懺悔屋成功に載せられて日記捏造。
       輜重兵の自分が1人で敵陣突撃し勇戦するというカッコつけかました仮想戦記な内容であっさり×
曾根一夫…野砲連隊の二等兵だったのに、歩兵で下士官だと経歴と日記を捏造。
       やっぱり経歴を調べられて嘘と判明。懺悔屋の代表格で、あの秦教授も騙された
田所耕三…強姦と虐殺を証言していたが、所属部隊が当該日時南京を離れていた事が判明。
       後に「普通の話だと記者が興味を示さないから…」と捏造を白状
太田壽男…死体大量埋葬を供述書に書く。が、梶谷日記(捏造物の数々と違って原本確認できる)
       により当時証言場所にいなかった事がバレる。撫順収容所での洗脳後に書いた捏造だった
富沢孝夫…海軍の暗号兵で、「南京発の松井軍司令官の虐殺を戒(いまし)める暗号を傍受・解読した」と証言
       (だから逆説的に虐殺があったという主張)。だが陸軍の暗号を海軍の知識しかない彼が
       解読するのは不可能で、おまけに証言日時には松井司令官は蘇州で入院していた
上羽武一郎…「上官の命令で強姦虐殺放火をした」と証言。
       しかし彼は「(後方で担架運びの)衛生兵」でしかもそんな命令が出たという史料は一切無し

偽証言・偽手記・偽もしくは改竄記録が出回っているので注意
これらは検証を受けるまでは堂々と真実として喧伝されていた



ただ、これだけではサヨク連中に「インターネットのテンプレじゃないか、ソースを出せ」といわれるかと思いますので、とりあえず、わかる分だけでもソースを貼っておきます。

再審「南京大虐殺」  竹本忠雄・大原康男  明成社より
P.107より   田所耕三
 『ザ・レイプ・オブ・南京』に引用されている田所耕三という人物は、南京陥落後約十日間にわたって、殺人と強姦を行ったと述べている(『アサヒ芸能』昭和46年1月28日号)。しかし、彼の所属する部隊は陥落二日後の十二月十五日には南京から転進しており、この人物が十日間も南京に残留できるはずがない。彼自身、のちに取材に応じて「記者が何かおもしろいことはないかと聞いてきたので、あることないこと喋ったんだ」と、この発言自体の信憑性を否定している。

同書
P.108より   曽根一夫
曽根一夫という人物は「手記」を出版し、そのなかで南京戦と南京陥落後の虐殺事件の実行と目撃談を書いている(『続・私記南京虐殺』など)。しかし、この人物は手記のなかで自らを歩兵の分隊長と称しいるが、実際は砲兵の初年兵であった。砲兵は、一般に歩兵とは違って第一線での戦闘に参加することはなく、実際に曽根が所属した部隊(第三師団野砲兵第三連隊)は、南京線では後方に位置した部隊であり、中国兵を間近に見るという戦闘には参加していない。また、入場式には彼の属する部隊の一部が参加しただけで、部隊そのものは南京城内に入ってもいない。従って、彼が書いているような虐殺を南京やその近郊で見ることも実行することも不可能であり、南京戦中、行動をともにした戦友もそうした虐殺行為を目撃・実行することはあり得ないと証言している。つまり、曽根の「手記」そのものがまったくの創作だということである。
こうした「自白」証言は、当人ばかりか戦友も虐殺行為の実行犯として記述する。もし、その証言がウソであれば、戦友の名誉を毀損するのは、当然のことである。

同書
P.109より  東史郎
「日記」のなかに、南京中心部で当時の上官が中国人を郵便袋に入れ、これにガソリンをかけて火をつけ、さらに手榴弾をくくりつけて爆発させて、その中国人を殺したという記述がある。 それに対して、この元上官から名誉毀損罪で告訴された。この裁判は「東裁判」とよばれ、マスコミにも注目されたが、東京地裁、東京高裁ともに訴えた元上官が勝訴している。
 これに対して、東は最高裁に上告したが、二〇〇〇年一月二十一日最高裁は一、二審判決を支持し上告を棄却した。東証言を重視する中国政府側は「虐殺を否定する不当な判決だ」と反発しているが、これまでの裁判を通して、次の二つの点が明らかになっており、既に「東日記」に信憑性はないと判断されている。
 一つは、東が記述した残虐行為が可能か否かという点である。これについては、東が記述した残虐行為は物理的に不可能であり、実際にはあり得ないと判定された。
 もう一つは、その原典である「日記」そのものに信憑性があるかどうかという点である。控訴審では、東が戦前に書いたとされる「日記」の現物が裁判所に提出されたが、南京戦に関する部分は、当時「懐中手帳」に書き、それを二、三年後に書き写したと主張したが、その「懐中手帳」は法廷に提出されなかった。さらに、東は、ある展示会に貸出したところ返却されなかったと主張したが、その主張は、展示会の先任者などによって否定された。
 また、東京高裁は、東の「日記」の提出された部分についても、「全てが昭和十五年から十九年にかけて書かれたわけではなく、内容によってはかなり後年(終戦後に)加筆修正された部分もあるのではないかとの疑問も生ずる余地がある」と判定した。
 そうした検討の結果、東京高裁は、「いずれにしても、昭和十三年三月以前(編者註・南京戦の頃)についての原資料である懐中手帳などは存在しない」と判定、この判定を最高裁も支持した。昭和十三年三月以前に関する原資料がないとすれば、東の主張自体を根底から疑わしいとするのは当然のことであろう。





ふぅ、疲れた・・  とりあえず今日はここまで。

他の偽証言人物のことを書いている本などご存知の方、教えていただけるとありがたいです。

テーマ:中国問題 - ジャンル:政治・経済

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