日本周辺の国々から聞こえてくる雑音、はたまた日本国内から聞こえてくる異音、そんなものについてです。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
朝日新聞記事 日米琉40年 [上] を読んで
久々の更新です。

今、我が家では「朝日新聞」を購読しています。もちろん私の好みではありません。新聞はうちの女房がおまけ目当てに、読売と朝日を3カ月ごとに切り替えて購読しているということです。

さて、今日仕事から帰って遅い夕食をとりながら朝日新聞に目を通そうとすると、一面に「日米琉40年」という記事があるのが目に留まりました。というのは、「沖縄人は豚ですか?」という刺激的な小見出しがあり、その上には、横断歩道を渡る人々を背景にした女の人の写真が掲載されていました。

記事は一面だけでなく三面にも続いていたのですが、その中にこんな文章がありました。


「腐れナイチャー(本土出身者)。二度と沖縄に来るな」。茨城県の高校教師の女性(49)のブログに、5年ほど前から中傷コメントが書き込まれるようになった。
 沖縄での旅行や食べ歩きをつづっただけなのに、「沖縄の何がわかるか」「本土出身者が沖縄を駄目にしている」と止まらない。怖くなり、沖縄に足が向かなくなった。
 沖縄県内の大学で講師を務める男性が今年、学生たちにリポートを出させた。テーマは「沖縄の将来」。授業では一言も触れていないのに、約20人の全員が将来像の一つとして「日本からの独立」に触れた。男性は「以前は考えられなかったことだ」と驚いた。



これだけ読むと、沖縄の人たちはここまで本土の人たちを憎んだり、独立を希望するぐらい日本という国から心が離れてしまったのか、そのぐらい本土人は沖縄の人たちにひどいことをしてきたのか、と思うところです。

でも、ここは眉唾で、これってアカヒ新聞の本土・沖縄離間工作なんじゃないのかと、私はそう考えています。
よく、基地問題をことさら騒ぎ立てているのは本土から来た活動家ばかりで、地元の人はそんなに参加していないと話に聞きます。まぁ、これも噂なので実際はどうかなのか、沖縄人の友人がいない私にはよくわかりません。

あと、この記事の中で「軍用地料や米軍人らの消費など、いわゆる基地経済への依存度は(復帰後からこの40年で)15%から5%に減った」という一文がありましたが、これもどうやら数字のマジックのようです。

このサイトで確認してみると、どうやら金額は増えていて、観光収入が増えた分、相対的にパーセンテージが落ちただけというのが真相。


「軍事関係受取」は、復帰時の1972年に総額780億円で、県民総所得にしめる割合(基地依存度)は15.6%を占めています。
復帰後も軍関係受取は増え続け、
1975年には、1,000億円を越え、
1991年には、1,500億円を突破、
1995年には、1,736億円、
2001年には、1,901億円と、復帰時の2倍強まで増えています。

一方で、観光収入の増加もあり、県経済の相対的な基地依存度は、
1985年には、10.2%
1995年には、4.9%
2001年には、5.1% と若干上昇したものの、
現在まで約5%前後で推移しています。




しかも、軍用地料は不況に強いという特徴があるそうで、復帰後は軍用地との再契約を拒否する「反対地主」が減少して、契約に応じる「軍用地主」の増加につながっているのが現状だそうな。

本当に沖縄の人が嫌がっているのなら、地主さんは「反対地主」になるんじゃないのかと思うんですが、どうなんでしょうね、アカヒ新聞さん?
スポンサーサイト

テーマ:マスコミ - ジャンル:政治・経済

ぶち切れた官房長官?
何かと話題の民主党政権。

7月7日の記者会見で「法律的に正当性があると言って、それだけで物事は済むのか。当時の韓国は軍政下だった」と述べた官房長官がいることは、嫌韓の方にはまだ記憶に新しいと思います。

で、その官房長官がブチ切れたらしいですw


ぶち切れた官房長官 ごまかしも
 日韓基本条約の認識で

2010.8.4 19:36



耳をほじくって…。仙谷由人官房長官は4日の参院予算委員会で、自民党の西田昌司氏に1965(昭和40)年の日韓基本条約に対する認識を問われると逆ギレし、国会での政府答弁としては異例の俗語を使って反論した。事実と異なる強弁で過去の発言をごまかすこともした。

 予算委で西田氏は、仙谷氏が7月7日の記者会見で「法律的に正当性があると言って、それだけで物事は済むのか。当時の韓国は軍政下だった」と述べた問題を取り上げ、「基本条約が有効ではないかのような発言だ」と指摘。仙谷氏は激高し、「耳をかっぽじって刮(かつ)目(もく)してお聞きいただきたい。有効でないような発言はいつしたんですか」とまくし立てた。

 また、仙谷氏が6月16日、西田氏を念頭に「罵(ば)詈(り)雑言を投げつける質問をした参院の人がいた。国会でなければ名誉棄損の告訴状が3本も4本も出ざるを得ない」と述べたことを問われると、「私の記者会見などの正式な発言ではなく、そういう非公式な雑談が書かれたとすれば、西田さんに迷惑をかけた」と報道側の問題にすり替えた。

 西田氏はほこを収めたが、発言は正式な記者会見でのものだった。意図してかどうかはともかく、仙谷氏は国会答弁をうそで乗り切った形だ。




官房長官から大ウソを吐く民主党、これでもまだ民主党に票を投じますか?

テーマ:民主党 - ジャンル:政治・経済

天皇陛下がいらっしゃいました
8/1(日)から8/2(月)にかけて、私が住むつくば市に天皇と皇后の両陛下がいらっしゃいました。
前日からつくば市中心部は警察官の姿が増えており、陛下がいらっしゃることを知らなかった私は、女房を会社に送りがてら「なんかお巡りさんの数多いね~」と言うと、「知らないの? 明日、天皇が来るんだよ」と、なかなかに不敬な発言。(そこは今後の夫婦関係のためにスルーしましたが・・)

で、私自身は両日とも予定が入っていたのでそれっきりになるかと思いきや、8/2(月)に陛下がつくばエキスプレスでお帰りになる際、私の勤務している会社の前の道を通るとのこと。ですが私は月初ということで仕事が山のようで席を立つわけにもいかず、ちょっとだけ窓から外の様子を眺めただけでした。
(そこには私服警官がいて、他には交差点付近に陛下を待っているのであろう一般人が数十人)

様子を見に行っていた同僚に話を聞くと、「陛下をお待ちになるなら、なるべく交差点の近くで固まっていてください」と警官から言われたらしい。(なんで交差点近くじゃないとだめなんだろう?) 
また別の部署の女性連中は揃って交差点で待ち構えていて、みんなで手を振ると窓を開けて両陛下が笑顔で手を振ってくださったそうです。

彼女たち曰く
「わざわざ窓を開けて手を振ってくれたんだよ、感激しちゃった~」
とのこと。まったくもって羨ましい限り。

帰宅し、このことを女房に伝えると「わたしも天皇見たよ」(またまた不敬発言!)
聞けば、ご近所の奥様連中と近くの道通るから見に行こうという話になったっぽい。最初は陸橋の上から見ようとしていたらしいが、警官から「駄目です!!」と言われ(当たり前だ)、その陸橋の下で警官から手渡された日の丸の小旗を持って待っていたら、車の中から手を振ってくれたとのこと。

「会社の人には、ワザワザ窓を開けて手を振ってくれたらしいよ」と言うと、「最初から開けてるんだよ」と。
そりゃ、たくさん人がいる所だったら窓を開けっ放しにするでしょうとも・・・

女房が言うには「(人が)固まっていれば、スピードを落として(陛下が手を振って)くれますよ」と警察官が教えてくれたらしい。


で、この話を聞いてピンときました。
交差点の近くで待っていてくださいという話。陛下は私たちに応えるために、わざわざ車のスピードを抑えてくださっている。でも、そうすると、一般の交通の妨げになる。しかし、交差点の近くならば危険防止のため徐行してもある程度は許されるでしょうし、私たちにも陛下のご尊顔を拝す余裕も生まれます。そのような配慮だったんだと思います。
もちろん、まばらに立っていられるより、まとまって手を振り返した方が効率的だということもあるのでしょう。
しかし、真夏日・猛暑日が続いたつくばで(その日もつくばは30度を超す真夏日でした)、手を振っている人がいればわざわざ窓を開けて応えてくださる両陛下の行動には、それを超越した国民に対する優しさを感じます。
そこに思い至ったとき、私は思わず感涙を落としそうになりました。

両陛下とも、いつまでもご健康であられんことを念じずにはいられません。

本当に日本国民でよかったなぁ。 





テーマ:日本人論 - ジャンル:政治・経済

宮崎口蹄疫問題終息と、自衛隊
ようやく宮崎県での口蹄疫問題が終息しました。
宮崎県住民の皆さん、それと関係諸機関で口蹄疫撲滅に尽力してくださった皆さん、本当にお疲れ様でした。

各地で猛暑日が続き、熱中症でお亡くなりになられる方が毎日報道されるようなこの時期に防護服を脱ぐことができるようになって、本当に良かったと思います。もし、口蹄疫問題が長引くようであれば、熱中症で死亡などという二次災害も考えられたでしょう。なんとか、おさまってくれてよかったです。

でも、本来の意味での今回の口蹄疫問題はこれからが山場です。発生源の特定からその感染経路の調査、発見から初動までの対応の遅さなどなど、きちんと原因を究明し二度とこのような悲劇を生まないように努める必要があります。マスコミには「口蹄疫終息宣言が出されました。よかったですね。」などの報告報道だけでなく、その原因に切り込んでいくジャーナリスト魂を見せてもらいたいものです。

そんな中、産経新聞から下記のような記事が配信されましたのでご紹介します。

あまり報道されていませんでしたが、やっぱり自衛隊が頑張ってくれていたのですね。
人命を救うという通常の災害救助派遣と違い、人ではないといえ動物たちの死骸を扱う作業ですから、精神的にも肉体的にも過酷なものだったと思います。しかも、今回はウィルスの拡散を抑えるため県外からの応援がなく、県内の部隊のみで対応したとのこと。本当に頭が下がります。

第43普通科連隊の皆さん、お疲れ様でした。


 
口蹄疫 連隊長が語る知られざる自衛隊の苦闘
7月30日20時42分配信 産経新聞


4月20日の発生確認から99日で非常事態宣言が全面解除された宮崎県の口蹄疫。県内の自衛隊は77日間にわたり家畜の殺処分などの作業に従事した。その数は延べ1万9187人。川南町を中心に活動した陸上自衛隊第43普通科連隊(都城市)の九鬼(くき)東一連隊長(47)に、作業の様子や課題を聞いた。(聞き手 小路克明)


 --殺処分作業の様子は

 「農場に県、町の職員が先遣隊として入ったあと、獣医師や自衛隊員が作業にあたった。牛500頭程度の農家で、先遣隊派遣から作業終了まで3日から1週間。農場主は、じっと作業を見つめる人も、われわれと一緒に作業する人もいた。全く姿を見せない人もいた。改めてお悔やみを申し上げたい」

 --自衛隊の役割は

 「法律上、獣医師にしかできない殺処分以外は、ほぼすべてやった。埋却用の穴掘りや死んだ家畜の運搬、処分場への家畜の追い込みなど」

 --隊員の生活は

 「作業は午前8時半から午後5時ごろまで。休憩や食事は、農場内で防護服を着たまま。暑いが、農場を一度出ると体の消毒をやり直すので、作業効率を考えれば農場内のほうがいい。終了後に体育館に戻ると、体を消毒してマットを敷いて雑魚寝。この生活を3~6日交代で送った」

 --過酷な環境。隊員の体調管理は

 「やはり心理面のケア。処分の間、豚は鳴きっぱなし。この声が『耳に残る』という隊員もいた。消毒用の消石灰で、目や腕の皮膚に炎症を起こすケースも。それで、防護服の袖口と足首部分をテープで封じたが、暑さは増した」

 --特に注意した点は

 「ウイルスを現場から持ち出さないこと。駐屯地のある都城市は日本有数の畜産王国なので、交代に際しても消毒を繰り返した。周辺県から部隊を呼び寄せるのが災害派遣のあり方だが、蔓延(まんえん)防止の観点から、県内の部隊のみでやった」

 --作業の問題点は

 「一番は経験がないこと。地震や風水害には、自治体も頻繁に防災訓練をしており、行動イメージもできている。ところが、口蹄疫はイメージがわかない。さらに発生農場が次々と増え、追いつかなかった」

 --防疫作業の特異性は

 「天災での災害派遣と異なり、救助ではなく殺すための現場だった。ただ、作業にあたった人はみな、『大きな意味での国民の生命・財産を守るために』との思いだった」

テーマ:時事 - ジャンル:政治・経済

バラマキ戦術は有権者への賄賂
政府与党の首班が鳩山氏から菅氏に代わりましたが、民主党の売国体制がこれで変わるわけではありません。マニフェストなどでうたった子供手当がまずは半額から支給とのことで、我が家にも学齢児童が下りますので支給は受けることになります。

ですが、はっきり言ってこんなもの要りません。これをもらう代わりに他の部分で増税されたのではたまったものではありませんし、日本全体の世帯から見れば、今までより税金を多く支払う家庭の方が多いのではないでしょうか。民主党に投票した方は目先の餌に釣られて、将来こども手当をもらえなくなった時のことを考えていないのでしょうね。

こども手当の他にも年金問題等、民主党は大衆に耳触りのよい甘言で誘いをかけていましたが、これって大衆に対する賄賂みたいなものです。これにウカウカ乗ってしまう大衆もどうかと思いますが、それにしてもこれ以上衆愚政治が続けば日本は本当に危ない。

そこで、またまたメーリングリストのご紹介です。
民主党のやり方は危険だと思われる方は、是非お読みになってください。

民衆党のやり方を批判し憲法改正や靖国神社擁護の論陣を張っただけで、やれ「軍靴の音が聞こえる」だの「軍国主義への回帰」だの言う方たちは、今民主党が行っていることを彼の独裁者ヒトラーもやっていたなんて知らないんでしょうな。


■ Japan On the Globe(653) ■ 国際派日本人養成講座 ■

Common Sense: バラマキ政治は国家衰亡への道

 バラマキ政治で衰退・破滅した国々から学ぶべき事。

■転送歓迎 H22.06.20■38,179 Copies■3,304,150Views■
無料購読申込・取消: http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/
携帯向けブログ → http://japan-on-the-globe.at.webry.info/

----------------------------------------------------------
伊勢雅臣講演会「人づくりこそ国家再生への道」

日時: 7月11日(日) 14時~17時 (開場13時)
場所: 神戸市立 生田文化会館 第一会議室
申込: 本メールへの返信で、ご氏名、年齢、職業を記載の上、
    お申し込みください。
----------------------------------------------------------


■1.日本のアルゼンチン化?

 イギリスの評論誌『エコノミスト』の表紙が話題を呼んでいる。表紙は"Leaderless Japan (指導者なき日本)"とのタイトルに、日の丸から赤い太陽がずれ落ちたイラストを用いている。

 国旗に対する侮辱だ、という反発もあるが、ここ4代の首相が、安倍366日、福田365日、麻生358日、鳩山266日と、毎年変わっているようでは、『エコノミスト』誌に反論もできまい。

 政治の混迷がその国の衰退を招くという道は、歴史的な前例があることを、京都大学大学院教授の中西輝正氏は指摘している。[1,p47]

 アルゼンチンはかつては南米随一の経済先進国であり、イタリアやスペインよりもずっと高度な生活水準を誇っていた。しかし、第二次大戦後、左派リベラル路線のペロン政権が、バラマキ政策を展開したために財政の大崩壊を招く。

 以後、アルゼンチンは数十年にわたる国家デフォルト(債務不履行)と軍事政権の繰り返し、という混乱の中で、果てしない衰退の道を歩んでいった。バラマキ戦術による政権奪取、財政の崩壊というコースは、不気味なほど現代日本の状況に似ている。


■2.バラマキ戦術でドイツを破滅に陥れたヒトラー

 中西教授は、バラマキ戦術は衰退だけでなく、破滅に至る道でもある事を指摘している。

 1920年代、ドイツでは大量の失業者が発生していた。ここでヒトラーのナチス党は、自分たちが政権を取れば年金支給額や失業保険を大幅に増やすと訴えた。

 財源まで詳しく詰められていたわけではないが、大衆はそんなことにはお構いなく、熱狂的にナチス党を支持した。この選挙戦術でナチス党は勢力を拡大し、年金問題が争点となった1930年の総選挙で107議席を獲得し、一躍、国家的な大政党にのし上がった。

 ヒトラーは「ユダヤ人の陰謀論」やドイツを苦境に落とし込んだ「ベルサイユ条約」の打破も唱えていたが、これだけで熱狂したのはごく一部の若者だけだった。真に大衆を惹きつけたのは、バラマキ戦術あった。


■3.バラマキ戦術は有権者への賄賂

 ヒトラーのバラマキ戦術がドイツの民主主義を破壊したという反省から、ヨーロッパでは年金を政治の大テーマとしない、という知恵が生まれた。年金制度の改革をするときは、与野党の協議体を作るなどして取り組む。

 フランスの1950年代の大きな年金改革は、長期にわたる与野党の協議を通じて行った。スウェーデンでは1991年から年金財政が崩壊し始めたとき、与野党の超党派による協議体を作り、数年かけて年金制度の青写真を描き直した。

 中西教授は、「年金問題を政治テーマ化することは民主主義の最大の『恥部』に触れるきわめて危険な行為」として、次のように説いている。[1,p110]

__________
 「私の政党に票を入れてくれれば、年金をこれだけ差し上げますよ」というのは、有権者に賄賂を握らせ、国民全体に総買収を仕掛けるような効果をもつのである。

 このような浅ましい手法は、人間道徳の根幹を腐らせ、民主主義の基礎を壊すことにもつながりかねないのである。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

>>続きを読む

テーマ:これでいいのか日本 - ジャンル:政治・経済

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。