日本周辺の国々から聞こえてくる雑音、はたまた日本国内から聞こえてくる異音、そんなものについてです。
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いい会社
あるメルマガで「いい会社」についての話があった。
読んでたら いつのまにか涙が出てきた。

一部抜粋させてもらいます。


■■ Japan On the Globe(571)■ 国際派日本人養成講座 ■■■■

Common Sense: 日本を支える「いい会社」


■4.「せめてあの子たちに働く体験だけでもさせてくれませんか?」■

 約50名の従業員を抱える小企業で、知的障害者がその7割
を占める会社がある。ダストレスチョーク(粉の飛ばないチョ
ーク)で3割のシェアを持つ神奈川県川崎市の「日本理化学工
業」である。

 この会社が知的障害者を雇い始めたのは、すでに50年近く
前の昭和34(1959)年である。近くの養護学校の先生が訪ねて
きて、近く卒業予定の二人を採用して欲しい、と依頼されたの
が、事の始まりだった。

 専務をしていた大山泰弘さん(現社長)は悩みに悩んだ。雇
うのであれば、一生幸せにしてやらねばならないが、当時十数
人の会社では、まったく自信がなかった。「うちでは無理です」
と断ったのだが、その先生は2度、3度とやって来て、頼み込
む。3回目には、大山さんをこれ以上悩ませるのに堪えられな
くなって、こんな申し出をした。

 大山さん、もう採用してくれとはお願いしません。でも、
就職が無理なら、せめてあの子たちに働く体験だけでもさ
せてくれませんか? そうでないとこの子たちは、働く喜
び、働く幸せを知らないまま施設で死ぬまで暮らすことに
なってしまいます。私たち健常者よりは、平均的にはるか
に寿命が短いんです。

 そこまで言って頭を下げる先生の姿に、大山さんは心を打た
れて「一週間だけ」という約束で、二人の少女に就業体験をさ
せてあげることにした。

■5.「あの子たちを正規の社員として採用してください」■

 就業体験の話が決まると、子どもたちだけでなく、先生方や
親も大喜びした。朝は8時始まりなのに、7時には会社に来た。
それもお父さん、お母さん、さらには心配のあまり先生までが
付き添ってきた。夕方3時頃になると、親御さんたちが「何か
迷惑をかけていないか」と、遠くから見守っていた。

 約束の一週間の就業体験が終わる前日、十数人の社員全員が
「お話があります」と大山さんを取り囲んだ。

 あの子たち、明日で就業体験が終わってしまいます。ど
うか、大山さん、来年の4月1日から、あの子たちを正規
の社員として採用してください。もし、あの子たちにでき
ないことがあるなら、私たちみんなでカバーします。どう
か採用してあげてください。

 これが、社員みなの総意だという。それほどに二人の少女の
一生懸命の働きぶりは、みなの心を動かしたのである。簡単な
ラベル貼りの仕事だったが、二人は仕事に没頭して、「もう、
お昼休みだよ」「もう今日は終わりだよ」と背中を叩かれるま
で、気がつかないほどだった。ほんとうに幸せそうな顔をして、
仕事に打ち込んでいたのである。

■6.働くことによって得られる幸福■

 社員みなの気持ちに応えて、大山さんは二人の少女を正社員
として採用した。それ以来、障害者を少しずつ採用していった
が、大山さんには一つだけ分からないことがあった。

 それは彼らがミスをした時などに、「施設に帰すよ」と言う
と、泣きながらいやがる事だった。どう考えても、会社で毎日
働くより、施設でのんびり暮らしていた方が幸せなのではない
か。

 ある時、法事の席で一緒になった禅寺のお坊さんに、この点
を尋ねてみると、こんな答えが返ってきた。

 そんなことは当たり前でしょう。幸福とは、(1)人に愛
されること、(2)人に賞められること、(3)人の役に立つこ
と、(4)人に必要とされること、です。そのうちの(2)人に
賞められること、(3)人の役に立つこと、(4)人に必要とさ
れること、は施設では得られないでしょう。この三つの幸
福は、働くことによって得られるのです。

 こう聞いて、大山さんは、目から鱗(うろこ)が落ちるよう
な気がした。「人間にとって『生きる』とは、必要とされて働
き、それによって自分で稼いで自立することなんだ」と気づい
た。

 それなら、そういう場を提供することこそ、会社にでき
ることなのではないか。企業の存在価値であり社会的使命
なのではないか。

 これ以来、50年間、日本理化学工業は積極的に障害者を雇
用し続けてきた。

■7.65歳のおばあさん■

 障害者を受け入れたものの、はじめの頃は、どうやって仕事
を教えたらいいのか、苦労の連続だった。普通は設備に人間の
仕事を合わせるのだが、大山さんは、障害者たちが仕事ができ
るように、一人ひとりの状態に合わせて機械を変え、道具を変
えていった。

 たとえば、数字が読めないために、量りが使えない子には、
色分けした様々な重りを作って、青い容器の材料は青い重りで
量って混ぜて、と教える。こういう工夫をして、一人ひとりの
能力を最大限に発揮させていけば、健常者に劣らない仕事がで
きることが分かった。

 [1]の著者・坂本光司氏が、この会社を訪ねた時、おばあさ
んがコーヒーを持ってきてくれた。「よくいらっしゃいました。
どうぞコーヒーをお飲みください」と小さな声で言うと、お盆
を持って帰っていった。

「彼女です。彼女がいつかお話しした最初の社員なんです」と、
大山社長がぽつりと言った。15、6歳のときに採用されて、
今は65歳ほどにもなって、腰が曲がり、白髪になっている。
60歳で定年を迎えたが、その後も嘱託社員として雇われてい
るのである。その50年という年月の重さを思うと、坂本氏は
涙をこらえることができなかった。

 その後、坂本氏が工場を視察したら、この女性は一生懸命、
チョークを作っていた。

■8.「人の役にたつ」幸福■

 工場では、健常者の社員たちも実に明るい顔つきをしている。
なぜか、と尋ねた坂本氏に、大山社長はこう答えた。

 自分も社会に貢献しているんだという、思いがあるから
だと思います。一介の中小企業ではありますが、そこに勤
めて、自分も弱者の役に立っている、社会の役に立ってい
る、という自負が、社員のモチベーションを高めているの
ではないでしょうか。[1,p62]

 ある市役所の市長はじめ幹部役員が同社を視察した後、帰り
のバスに乗り込んだ途端、市長がこう言った。

 役所で使うチョークは全部、この会社から購入できない
か。それくらいしか、私たちは、この会社に貢献すること
ができないから。[1,p58]

「人の役に立つこと」が幸福なら、この会社はこうして顧客に
も幸福のお裾分けをしていることになる。

■9.「社員第一」こそ企業の最大の使命と責任■

 坂本光司氏の著書『日本でいちばん大切にしたい会社』[1]
には、ほかにもこのような心を打つ「いい会社」が、いくつも
登場する。それらに共通する点がいくつかある。

 その一つは、これらの会社は、社員とその家族を幸せにする
ことを、最も大切な使命であると考えている、という事である。
経営の世界では、よく「顧客第一」というが、それは間違って
いると、坂本氏は主張する。

・・・自分が所属する会社に不平と不満・不信を抱いてい
る社員が、どうしてお客様に身体から湧き出るような感動
的な接客サービスができるでしょう? お客様が感動する
ような製品を創れるでしょう?

 ですからいちばん大切なのは、社員の幸せなのです。社
員と、それを支える家族の幸せを追求し実現することが、
企業の最大の使命と責任なのです。[1,p21]

 社員を幸福にするためには、会社は存続し、利益を上げ続け
なければならない。こう覚悟した経営者は、不景気になっても、
安易に人を切ったりできないので、真剣勝負となる。社員の方
も、会社の存続と発展のために、全力を尽くす。そこから、並
の企業では思いつかないようなアイデアや力が出てくる。

 こういう「いい会社」があちこちで、従業員とその家族、顧
客や地域を幸せにして、日本を支えているのである。
(文責:伊勢雅臣)



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