日本周辺の国々から聞こえてくる雑音、はたまた日本国内から聞こえてくる異音、そんなものについてです。
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日本人はとても素敵だった(1)
先月のNHK偏向報道問題からこちら、台湾についての書籍を少しずつ読んでおります。
先日ご紹介した『台湾人と日本精神』も読み終わりました。また機会があればご紹介しようと思います。

その後、小林よしのりさん著『台湾論』を読み、今は台湾人の楊 素秋さん著『日本人はとても素敵だった』を読んでいる途中です。

その『台湾論』の中で、村山富一と売国奴No.1の座を争っている河野洋平の話がありました。

日中外相会談などのためバンコクを訪れる途中、天候不良で台湾に一時着陸した時のことも話題になった。河野はこのとき飛行機から降りずにじっと閉じこもって、そのままバンコクに飛び去って行った。
さらに驚いたことに、河野はそのことを中国の要人に「私は台湾の地を一歩も踏みませんでした」と自慢して忠誠心をあらわしたのだ。それでますます中国になめられ軽蔑されることになりました。
まるでイソップのバカ犬みたいな腰ぬけ外交である。



だそうです。また、李登輝元総統が心臓手術後の検査のため来日しようとした時のビザに関しても、この河野洋平が外務大臣で「政治的影響力が非常にあるなら、必ずしもまったくの私人とは言えない」としてビザの発給を拒否したりとしていたとのこと。

その李登輝元総統の来日問題の頃は、私自身が政治・歴史に全然興味が無かったので、「またTVでなんかやってるな~」ぐらいでしか見ていませんでしたが、そういうことが取りざたされていたのだけ覚えています。今、こういう話を聞くと、この男は昔っからこんなことばかりしていたのだなと実感させられました。
やはり、こいつと、この息子(河野太郎 国籍法改正案の首謀者)にはサッサと国政の場から退場していただいた方がいいと思います。

で、もう一冊の現在読んでいる楊 素秋さん著『日本人はとても素敵だった』から、お口直しにこんな一節をご紹介します。(本当はこちらを書きたかった)

楊 素秋さん著『日本人はとても素敵だった』    P.74~75から抜粋
 台湾では「日本」というのは今でも褒め言葉に使われているのです。「これは日本製品だよ」と言ったら、皆安心し信用するといった具合に。
 また、「日本精神」といったら、義理堅いということ、それと約束を絶対に守ること、嘘を言わないことで、私にとっては正に父のようなことです。そう、私の父は日本精神の塊でした。
 「日本精神とは、例えば何ですか?」と聞かれたら、私は「私の父です」と言うでしょう。もし、父が生きていてこれを聞いたら、我が意を得たりとにんまりと笑うでしょうね。



どうです?台湾人の方からこんなことを言ってもらえる日本、まんざらでもないなと思えてしまいます。もっともそこで奢り高ぶってしまったならば、どこぞの民族と同じです。この言葉を聞いて、襟を正し、先人が作ってくれた「日本」に対する印象を貶めないよう心がけねばならないでしょう。現代に生きる我々日本人がそのように努力することが、親日的な台湾の方々に報いるたった一つの方法だと思います。
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テーマ:歴史 - ジャンル:政治・経済

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