日本周辺の国々から聞こえてくる雑音、はたまた日本国内から聞こえてくる異音、そんなものについてです。
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嗚呼、無残なり「坂の上の雲」
今、NHKにて毎週日曜20時より司馬遼太郎原作の「坂の上の雲」を放映しています。
昔原作を読んでドラマ化に期待もしておりました。NHKということで一抹の不安はありましたが・・・
で、さすがNHKです。期待を裏切らず(?)かましてくれました。

放送1・2回目はそこそこ見られたのですが、3回目の放送で日清戦争が勃発するくだりなど、陸軍の川上操六などかなり意図的に、陸軍の暴走を誘導する謀略家として描かれていたように思いました。

そして先日の4回目ですが・・・
色々ありすぎてどうしようかと考えていたところ、私と同じようなことを感じた方がいらっしゃったようで、その方の弁をそのまま引用させていただきます。



イザ
『坂の上の雲』、4話で『谷底のドツボ』と化す
2009/12/21 22:55


見事に予感が的中した。はじめから悪い予感がしていたのだ。『坂の上の雲』は悪名高い『JAPANデビュー』と同じプロジェクト(『プロジェクトJAPAN』)の作品だった。第4話にして司馬遼太郎の『坂の上の雲』ワールドが崩壊した。第4話でクーデターが行われた。作品の根幹から司馬史観が排除された。ドラマは『JAPANデビュー』とまったく同じNHK史観に乗っ取られてしまった!



作品がまったく別物になってしまったので、エンドロールで演出をチェックした。演出は柴田某といういつもと同じ演出家だ。(NHK大河は通常数人の演出家が分担作業を行うが、『坂の上』は4話まで同じ演出家)日清戦争がはじまったから、NHK史観が頭をもたげたのか?あるいは亡くなった脚本家が担当したのが第3話までで、第4話から脚本家がかわったのか?



『坂の上の雲 』と同じプロジェクトで事実上放送中止に追い込まれた『JAPANデビュー』のサブタイトルは第1回『アジアの“一等国(台湾問題)』、第2回『天皇と憲法』 、第3回『通商国家の挫折』、第4回『軍事同盟 国家の戦略』だった。番組タイトルには「デビュー」という明るい感じがする単語を使っていたが、番組の中身は内容、映像、ナレーション、音楽にいたるまできわめて暗いものだった。日本は世界第2の経済大国で現在世界でもっとも成功した国の一つであるにもかかわらず、『JAPANデビュー』は歴史を1945年8月15日でぶった切り、「なぜ日本はこのように悪い国になったのか?」「なぜ日本は転落したのか?」というコンセプトで番組作りが行われていた。現在日本は通商国家として繁栄しているのに第3回のサブタイトルは『通商国家の挫折』だった。帰着点が現在ではなく大東亜戦争だったからだ。



小説『坂の上の雲』は苦難にみちた話だ。しかしこの作品はどこか楽天的で、タイトルが示すとおり、坂を上っていく話だった。音楽にたとえるならば、波乱万丈ではあるが、あくまで長調の音楽だ。しかしNHKのドラマ版『坂の上の雲』は第4話で短調に変調してしまった。しかも坂の上(日露戦争勝利)を目指す話ではなく、1945年8月15日へと「転落」していく話に改竄されてしまった。 



第4話は、東郷元帥の高陞号事件からはじまった。NHKにしては珍しく大人数のエキストラを使っていた。エキストラは中国人役だった。高陞号事件で大量の中国人が日本人によって殺されたというイメージを焼き付けたかったからだろう。高陞号撃沈後は乗組員が集合している捏造モノクロ写真を使い、「日本人は中国人に残酷なことをした」というイメージをことさら強調していた。



石坂浩二演じる山本権兵衛、竹中直人演じる小村寿太郎が登場した。キャスティングはオールジャパン状態だ。石坂浩二は可もなし不可もなしといったところか。竹中直人はけっこう好きな俳優だが、小村寿太郎という柄ではない。



李鴻章と袁世凱が登場した。二人ともぜんぜん似ていなかった。李鴻章は黄色い服を着ていた。黄色は皇帝しか着用できない色だ。NHKの時代考証は韓流ドラマ並みのいい加減さだ。



旅順攻撃前に秋山好古に酒を手配した爺さんは反戦ジジイだった。原作に登場しないNHKのオリジナルキャラクターだった。



大山元帥役は極左俳優として著名な米倉斉加年だった。バカげたキャスティングだ。米倉は目をキョロキョロさせ、大山元帥がせこい小物と化していた。無惨な大山元帥だった。大山元帥はこんな小物俳優が演じるような役ではない!徳を強調するなら高橋是清役で出演している西田敏行あたり、軍人を強調するのなら大滝秀治あたりが良かったのではないか。(大滝秀治は高齢すぎか?)米倉斉加年が大山元帥では、日露戦争がしまらない。帝国陸軍がしまらない。『坂の上の雲』がしまらない。



黄海海戦が事実上カットされた。小説の中では面白い部分だったのだが。海戦シーンは秋山真之の手下の原田水平が戦死するエピソードだけに矮小化されていた。『坂の上の雲』では、秋山真之も秋山好古も正岡子規も登場しないシーンがたくさんある。だがNHKは3人の登場シーン中心に話を進める算段だろう。第4回の脚本はそういうことを予感させた。



正岡子規が従軍記者として戦地に赴くさい、子規の母親が原作にない親中発言・反戦発言をしていた。NHKはやりたい放題だ。






司馬遼太郎が生前『坂の上の雲』の映像化を頑なに拒否した理由が本当によくわかる。



軍艦に乗船している秋山真之のシーンに直属の上官が一度も登場していない。日清戦争時の秋山真之は少尉だろう。秋山真之は海軍兵学校を主席で卒業したエリートだが、階級的には当時は下っ端将校だった。上官が登場しないため、戦争や戦闘が見渡せなかった。みようによっては秋山真之があたかも艦長のような描かれ方だった。



秋山好古と佐久間多美のお見合いのさい、多美は女中と登場し、佐久間の父や母は登場しなかった。結婚式にも佐久間の父母が不在だった。登場するべき人物が登場しない手抜き演出では、リアリティがでない。



第4回のきわめつけは、森本レオ演じる帝国陸軍の極悪下士官だった。原作に登場しないNHKのオリジナルキャラクターで正岡子規を斬り殺そうとしていた。



原作に存在しないNHKが新たに創作したシーンは、全部『JAPANデビュー』の路線にそうものだった。こんな作品は『坂の上の雲』ではない。ぜんぜん坂を上っていない。『谷底のドツボ』だ。パースペクティブとして、ドラマの一番奥に1945年8月15日がある。NHKはどうしようもない。



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テーマ:これでいいのか日本 - ジャンル:政治・経済

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