日本周辺の国々から聞こえてくる雑音、はたまた日本国内から聞こえてくる異音、そんなものについてです。
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日帝による「米」の収奪とは? (1)
最初に取り上げるのは、よく日帝が収奪した引き合いに出される「米」についてです。

『日帝併合時代に、朝鮮人一人当たりの米の消費量は日本人に及ばず、消費量自体も次第に少なくなっていった』という事例をデータ付きで提示し、日帝の統治は酷いものだったとする論理があります。

確かに現代の日本人からしたら米が主食なので、その消費量が減じていれば「そうなのかな?」と思ってしまうかもしれませんが、当時は日本でさえ米のほかに雑穀を食べたりすることもありました。ましてや、朝鮮は粟なども頻繁に食べていた地域でもあります。そこで、日帝統治時代の朝鮮での年間穀物消費量の資料です。


朝鮮における一人当たりの穀物消費量グラフ



資料をご覧になっていただくと、一人当たりの穀物消費量自体は緩やかな減少傾向にあることが見て取れますが、朝鮮人が言う「収奪によって飢餓がおきた」と言われるほどのものではないということはわかるはずです。また資料には当時の人口も入れておきましたが、朝鮮における人口が大変な勢いで増加しているのがわかります。つまり、この緩やかな穀物消費量の減少は、急激な人口増加によるものだと考えるのが妥当でしょう。
(1910年-1312万人 ⇒ 1945年-2512万人で併合時の35年間でほぼ倍増しております)



※ これらの元データは「enjoy Korea」などからいただいたりしております。先方のシステム上、勝手に消されたりすることがあるようなので、そうならないうちに自分でまとめました。 コピペしたい方はご自由にお使いいただいて結構です。

参考URL
朝鮮人の米と雑穀の消費量
 ttp://bbs.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=thistory&page=10&nid=1842570

 ttp://www.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=thistory&page=3&nid=1726692
  ↓上の資料の元データがこちら?
 ttp://toron.pepper.jp/jp/20cf/agri/kyoukyu.html

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テーマ:韓国について - ジャンル:政治・経済

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強制的なコメ作への転換
はじめまして。
ちょっとした興味から、近代の日本でコメが主食になっていく過程を調べている者です(なんで、日本でコメ作農家がこんなに多いのか、なぜコメ作が優遇されるのか……といった疑問です)
こちらで載せておられること、
統計的には、非常に信憑性の高いものと感じました。
朝鮮半島から、日本がコメを収奪した、ということ自体が問題なのでなく、
 ・伝統的な食生活からすると、朝鮮半島の多くの場所で、雑穀を主食としていた(このことはおっしゃっている通りです)
にも関わらず、
・輸出作物としてコメへ強制的に作付け転換したこと
が重なり、ある時期から朝鮮半島で食べるものが無くなったということへの恨みがあるのだと推測しています
(現に、いつごろだったか、昭和初年頃だったと思いますが、満州から朝鮮半島への雑穀の輸入が急に増え始めるのです)。
別項に掲げられている、朝鮮人所有と日本人所有の田/畑比の違いが、その傍証のように思えます……。

そこで、私からのお願いなのですが、
せっかくここまでされたのですから、
あまり肥沃でない朝鮮半島の土地で畑作から稲作へ転換する際、
そのための設備投資(水路の新設なども含む)や、肥料などの負担がどの程度農民へ新規に掛るようになったか、も調べて頂きたく思います。

それらが、たぶん朝鮮半島の農民にとっての、失業の真因であり、また日本の農業が極端な高コスト体質へと戦後なっていった理由でもあると私は推測しているのですが……
(その政策が、当時の東京の政府の、いわゆる革新官僚たちによって企画されたのでなかろうか、と私は推測してます。まだ、調べがついていませんが……)
2008/03/14(金) 22:26:04 | URL | デルタ #JnoDGgPo [ 編集 ]
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