日本周辺の国々から聞こえてくる雑音、はたまた日本国内から聞こえてくる異音、そんなものについてです。
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反日教育の実態 2
先日ご紹介させていただいた、反日教師たちとの国歌斉唱・国旗掲揚問題に立ち向かったある校長先生のお話の後篇です。

■■ Japan On the Globe(627) ■■ 国際派日本人養成講座 ■■

Common Sense: 学校の先生が国を救う(下)~ 志の継承

 日教組に対して不屈の戦いを続ける校長
の姿に、その志を継ぐ先生が現れた。
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■1.「教職員を信じられない」■

 入学式では、ようやく壇上での国旗掲揚はできたが、国歌斉
唱はできなかった。教員が何を言おうと、校長が国歌斉唱を強
行しようとすれば、できないことはない。しかし、それでは子
ども達の教育につながらない。なぜなら、入学式や卒業式に至
るまでに、子供たちに国旗・国歌の意義を指導をするのは教員
の役割であり、彼らがその気になって指導しなければ何にもな
らないからである。

 教員たちを説得しようと、今まで数十頁もの資料を作り、何
十回となく議論の場を持ったが、この結果である。「この人た
ちと議論しても何の進展もない。彼らは何の反論もできないの
に、反対している」 教職員を信じられない、という気持ちが
湧いてきた。

 国旗・国歌に反対する教員たちの論理は、幼稚なものだった。
ある女性教員は「国旗・国歌は戦争に繋がる」と言って、抗議
をしてきた。校長が「戦争をイヤだという気持ちは私も人一倍
持っています。私の兄は海軍の予科練に入り、僅か17歳で戦
死していますから」と言って、いつも肌身離さず持っている軍
服姿の亡兄の写真を出して見せると、彼女は信じられないこと
を言った。「先生のお兄さんも侵略者だった」

 卒業式の反省のためのアンケート調査のまとめでは、「『日
の丸』が視野に入って、目障りだった」との表現があった。自
国の国旗を「目障り」と思うこと自体が問題だが、百歩譲って、
そう思うことは内心の自由としても、学校運営の公の文書にこ
んなことを書いて恥じない姿勢に、校長は「呆れ」を通り越し
て、怒りがこみあげてきた。



■2.国旗掲揚の通知は「教育への不当介入」■

 8月13日、国旗・国歌法が制定され、同日、施行された。
「日の丸・君が代を国旗・国歌として認めない」という日教組
の論法に対して、今までは慣習法としていたのを、成文法とし
て明確化したものである。

 9月に入って新学期が始まると、一止校長は職員会議で国旗
・国歌法が成立したことを説明し、「これまで通り学習指導要
領の規定に基づいて入学式や卒業式などに国旗を掲揚し国歌を
斉唱するよう指導する」と方針を説明した。

 11月12日に、天皇皇后両陛下御在位10年の記念式典を
行うことが閣議決定され、祝意を表すために、各校でも国旗掲
揚するよう教育長名で通達があった。これに対して、組合教員
たちは、早速、反対の動きを始めた。

 職員会議では、教育長が国旗掲揚を通知してくるとは、「教
育への不当介入ではないか」との反発の声が上がった。「教育
の自由」は教師側にあり、国がそれについてとやかく言うこと
は「不当介入」だ、というのが、彼らの論法なのである。一止
校長はこう反論した。

 法治国家である日本の政府が、与えられた当然の職務権
限に基づいて閣議決定をし、天皇皇后両陛下御在位10年
の記念式典を行う。このことがどうして教育への不当介入
になるのか。子どもたちが揚げられた国旗を見て「どうし
て揚がっているのか」と尋ねたら、その理由をそのまま説
明すればいい。国旗のことを子どもたちに教える良い機会
だ。[1,p162]

 一止校長がこう論理的に説明しても、彼らのヒステリックな
反発は変わらなかった。その後も、何度もこうした不毛の問答
が繰り返された。

■3.「これが公立学校の実際の姿なのです」■

 式典当日の11月13日、午前6時30分に一止校長は教頭
とともに屋上の国旗掲揚台に国旗をとりつけ、教頭をその場に
残して、校長室に戻った。

 午前8時23分、組合教師たちが群れをなして国旗掲揚を阻
止しようと、校長室に押しかけてきた。校長は、以前から明言
した通り、「会いたくありません。話し合う必要はありません」
と断り、校長室のドアを中から施錠した。ドアの外で分会長た
ちが大声で叫んだ。校長はそれには応えずに、携帯電話で教頭
に国旗掲揚を指示した。8時半、屋上の掲揚台に日の丸が揚がっ
た。

 屋上に通ずる階段登り口付近に数名の組合教員が座り込んで
いたので、教頭は9時過ぎまで屋上から降りてこられなかった。

 午後2時頃、分会長が「抗議声明」を持ってきたが、校長が
会わないので、教頭に手渡し、「日の丸は誰が揚げたのか」と
抗議した。

 午後5時15分、屋上に通じる階段登り口に組合教員たちが
再び、座り込んで、国旗降納の邪魔をした。5時34分、分会
長ら3名がやってきて、校長室のドアの外から「5時15分を
過ぎている。日の丸を降ろさないのか」などと叫んだ。

 この日のことを一止校長はこう語っている。

 祝賀の日に国旗を掲揚するというごく普通のことをする
のに、これほどの大騒ぎをしなければならない学校の現実
を、世間の人はどう思われるでしょうか、実に嘆かわしい
ことですが、これが公立学校の実際の姿なのです。
[1,p167]

 騒ぎはこの日だけで納まらなかった。分会ニュースを洪水の
ように流して、校長への悪罵の限りを投げつけた。

■4.ついに職員会議が変わり始めた■

 11月下旬、卒業式委員会が卒業式の実施案を職員会議に提
案したが、相変わらず、国歌斉唱も国旗掲揚も入ってなかった。
聞く耳を持たない組合教員たちに対して、一止校長は昨年と同
様の事を一から説明しなければならなかった。

 年が明けて、1月26日の職員会議で、一止校長は改めて、
国歌斉唱と国旗掲揚を入れるように指示したが、組合教員たち
は壊れたレコードのように昨年と同じ反対論を述べるだけだっ
た。しかし、その中で友田という教諭が次のような意見をして、
校長を驚かせた。

 反対する人は「障害児には必要ない」などと言うが、そ
のような理由で反対しているのではないでしょう。日の丸
・君が代そのものに反対してるのではないか。これまで子
どもたちに国旗・国歌を教えてこなかったことは問題だと
思う。校長が実施したいとしていることを教員が「反対だ」
といって実行しないことができるのか。そのことを議論す
べきではないか。

 しかし、この友田教諭の意見は無視されて、議論はまた「反
対だ」に戻ってしまった。議論が堂々巡りする中で、今度は吉
井教諭が発言した。

 学校でいくら教えなくても、社会に出れば国旗・国歌が
ある。なのに学校で子どもたちに教えないのはおかしい。
憲法の下における日の丸について、教えるのは当然だし、
そのような環境であってほしい。日本人として恥ずかしい
思いをしないで日の丸を掲げることができるような社会に
していかなければならない。私たちも努力をしていかなけ
ればならないと思う。

 この意見も、「君が代は国民主権の日本国憲法に反するもの
であり、障害者等の社会的弱者を大切にする考えとは相容れな
い」などという反論に、打ち消されてしまった。

 それでも、これまでの職員会議で反対論しか出なかったこと
に比べれば、画期的なことだった。一止校長は、今まで百回近
い議論をしてきた効果が僅かながら現れてきた、と思った。

■5.「今朝校長が言われたことを録音させて下さい」■

 3月3日、卒業式委員会委員会の二人の女性教員、島田教諭
と松下教諭が、式次第に国歌斉唱の入っていないしおりを印刷
していたことが分かった。

 一止校長は二人を呼びつけて、勝手な内容で印刷したしおり
を提出しなさい、と命じたが、彼らは聞かなかった。「それは
学校の公費で購入した用紙に印刷したものであり、あなたの私
物ではありません。すぐに持ってきてください」とまで言った
が、無言の抵抗を続ける。

 そのうちに二人は「授業がありますから」と言って、校長室
を出て行った。しかし、午後3時半頃、ラジカセを持って、校
長室にやってきた。「今朝校長が言われたことを録音させて下
さい」と言う。「何のための録音ですか」と聞くと、

島田 職員会議の決定に基づいて行動しているので、私と
しては困るのです。

教頭 自分たちのしていることがおかしいことに気がつき
ませんか。同じ学校の中の校長と職員との関係にお
いて、校長の言ったことを何故録音しなければなら
ないのですか。

島田 それでは、明日の職員会議で、今朝校長が言われた
ことと同じことを皆の前で言ってください。お願い
します。

 島田教諭がこんな態度をとっている理由として、2つのケー
スが考えられる。一つは完全に日教組にマインド・コントロー
ルされているケース。もう一つは「おかしい」と分かっていて
も、こう言わなければ、他の組合教員から今度は自分が突き上
げられる、という恐怖心からのケース。いずれも共産国家、独
裁国家で、特定のイデオロギーを国民に強制するための常套手
段である。

■6.小森教諭の意見■

 この年度の卒業式では、一止校長が組合教員たちの抵抗を押
し切って、国歌斉唱に漕ぎ着けたが、起立したのは校長や教頭、
事務長らのみで、生徒と教員は全員起立しなかった。

 次の年度も同じような押し問答が繰り返された。しかし、職
員会議で日教組の国旗・国歌反対に異議を唱える教員が少しづ
つ増えていった。たとえば、その一人、小森教諭は次のような
意見を述べた。

 学習指導要領で指導することが決められていることを、
教育公務員である自分たちが「必要ない」などと言うこと
はできないのではないか。個人の考えと異なっていても、
職務なのだから行うべきだ。

(憲法が保障する思想・信条の自由を守るために君が代に
反対するという意見に対し)憲法を守るということは、憲
法全体を守るということだと思う。憲法第一条は象徴天皇
について規定しており、「君が代」の「君」がたとえ天皇
を指しているとしても、一向に構わないではないか。

 日の丸・君が代を過去の戦争に結びつけるだけの論法は
おかしいではないか。旗や歌が戦争をしたのではない。戦
争の原因は他にある。経済問題が根底にあったし、外国の
列強がしのぎを削っていた時代のことでもあった。50年
以上も前の戦争に結びつけて、そこから少しも抜け出せな
いような議論はやはりおかしい。

 一止校長の毅然たる戦いに目を開かれ、日教組によるマイン
ド・コントロールや恐怖支配から抜け出した教諭が現れてきた
のである。

■7.多くの校長が日教組との戦いに倒れていった■

 3年目の卒業式では、国歌斉唱の際、保護者のほとんどが起
立した。こうした保護者の姿勢は、一止校長への大きなバック
アップとなったはずだ。教員も20名ほどが起立して、斉唱に
加わった。明らかに教員の間で、意識の変化が起きていた。

 一止校長は、この後、他校への転任の辞令を受けた。転勤先
の高校でも、同様の経験をまた初めから繰り返した。その2年
後、一止校長は心臓と肺と胃、そして目の病に冒されて、定年
を一年残して退職せざるをえなくなった。医師の説明では、ス
トレスが原因とのことだった。日教組との戦いに心身をすり減
らしていたのである。

 一止校長は「自分はまだ良い方だ」と言う。同期の女性校長
は、定年を迎える最後の年、入学式前日の職員会議の最中に脳
卒中で倒れ、再起不能に陥った。3歳若いある校長は、癌に倒
れ、卒業式で式辞を述べた2日後に57歳の若さで世を去った。
広島では3人の校長が自殺したが[b]、それは氷山の一角に過
ぎず、このように多くの校長が日教組との戦いに倒れていった
のである。

■8.学校の先生が国を救う■

 一止校長が転勤してから数ヶ月後、小森教諭から手紙が届い
た。職員会議で組合教員たちに自ら反論を始めた一人である。
その手紙には、こう書かれていた。

 三年間いろいろご指導ありがとうございました。先生の
終始一貫したご方針や圧力に屈しない毅然たる態度、明快
で論理的な説明に、私は圧倒されました。日本教育界に流
れる誤った風潮、一部の傲慢、欺瞞にも歯止めが掛かるよ
うに思いました。先生をよき手本にさせていただいて、真
似ることから始めようと思っていますが、なかなかそこま
での信念がない自分です。しかし頑張りたいと思います。
[1,p312]

 一止校長は病に倒れたが、その志は継承されたのである。

 現在の我が国の混迷は、自分の利益よりも国家公共のために
尽くそうとする気概と見識を持つ人材が不足している所から来
ている、と考えられる。国旗・国歌に反対し、自分の自由と人
権だけを要求していればよいとする戦後教育に毒された子ども
達が育った結果である。一止校長の著書のタイトルである「学
校の先生が国を滅ぼす」とはこの事だ。

 しかし、同時に一止校長や小森教諭のように、誤った教育を
正そうという志をもった先生も少なくない。「国家百年の計は
人作りにあり」。そのような志を持って次世代国民を育てる先
生方が国を救うのである。

 我々も、保護者として地域住民として、国を救うために我が
身を省みずに戦っている先生方を応援しなければならない。
(文責:伊勢雅臣)

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テーマ:これでいいのか日本 - ジャンル:政治・経済

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